はるのぶのつれづれ

幼女の子宮で泳いでいた頃の記憶

ひとりごとならべ(2009年11月 その2)

「ごみ箱から男を拾い集めて、婚活。」
「しかも捨てた本人が。」
「イケメン付きの彼氏」
「彼氏多いね、君。」
「処女の木魚」
「ジャンケン芋」
「鳥の死骸を買いに行く。」
「記憶の中に埋もれた人間の叫びを聞け。」
「選ぶ側は大抵、忘れん坊だ。」
「ここまで言っても『キモイ』で片付けようとするから困る。」
「言いたくはないが、言わなきゃ気づきもしない。」
「『キモイ』人間にも性欲がある。だからセックスできない者には何らかのフォローが必要だ。で、どんなフォローが妥当かを話し合えればいいのに、非モテ問題を告発したときにまた『キモイ』と言われる。だから入り口のところでもめてる訳だ。」
「商品化されてようやく性に触れることを許される。」
「むしろ商品化されていない日常こそ残酷である。」
「商品化そのものと貧富の格差(すなわち資本の問題)は分けて考えたほうがいい。商品化によって人は生まれられなかったものに生きられる。万物の商品化は支持されるだけの理由がある。」
喪男をターゲットにしている限りアイドルは喪女から容認されるようだ。ジャニーズが喪女をファンのコアとするうちは、喪男から黙認されているのと同じ構図だ。」
「だがあまりはしゃいで、美人の賞賛をしないほうがいい。まいんちゃんを引き合いにして喪女を貶める行為はどうしてもなじめない。」
「まいんちゃんやジャニーズは現実の埋め合わせだ。モテが巷でやっていることをフィクションで追体験している。」
「男性の非モテ問題を語るとき、彼らが喪女を念頭に置いていないことはタブーである。女性の非モテ問題でも喪男はタブーとされる。喪の異性どうしが互いについて触れないことは、非モテ問題を語るときの暗黙のルールである。これは喪男と喪女の間で暗に結ばれている。」
「それを卑怯という者もあるだろう。しかし恋愛から疎外された者どうしの苦し紛れの盟約でもある。それに、卑怯者よばわりされる方がたは、我われと同じように、消去法を体験してみることをお勧めする。選択肢が極端に少ないことは、それだけで屈辱だ。恋愛の自由は、特定の外見を持つ者に保障される。」
「恋愛観に喪の観点を導入するのが俺たちの目的だ。」
「せめて恋愛の代替行為への規制はやめてほしい。」
「全裸大使」
「幼女ポンビキ」
「幼女は丼のほうが美しい。」
「お願いです。彼女の処女を奪わないでください。」
「彼女は僕たちのアイドルだから。」
「僕はまいんちゃん親衛隊隊士。彼女の処女をお守りします。」
「消去法しか残されていない状況でも選択という。」
「高い靴はいてた女の子」
「おにいちゃんにつれられていっちゃった。」
「彼の唯一の罪は、場所を間違えたことだ。」
「憎しみが強すぎて視野が狭くなっている。」
「あなたがたが気持ち悪がって避けた者の一人が、こうして発言しているのです。」
「真面目に恋愛しているカップルは傍から見ても清々しく、まれに応援したくなることもある。」
「恋愛は人を選ぶ。恋愛の機会は肉体に左右される。だから賞賛できない。恋愛至上主義という無神経には傾倒できない。」
「本当は非モテ問題から離れたほうが今はいいだろうが、幼女オナニーが非モテに起因しているだけに思い起こさない訳にはいかない。」
「はっきり言えば就職のほうが今は大切だから、非モテに関わるとこの問題がなおざりになってしまう。(ええ、非モテと無職の二重苦です。)」
「結婚を前提にしないセックスは25歳まで禁止にしたらどうだ。婚期になると相手とのセックスの相性を確かめざるをえない。だからこの段階でセックスを解禁。」
「世界平和を唱える者が女子アナとやる。何かが違う。根幹の部分で平和を裏切られたような気だ。それともラブアンドピースのつもりか。」
「同じ内容の繰り返しは承知しているが、土日にカップルを見かけると書きたくなる。露出の多い女にも感じる。そして幼女で抜きたくなる。」
「本当に欲しいものを彼女は与えてくれない。彼はそのことに気づいていた。結婚要員。」
「35歳で独身の男性は評価が低い――それは歴とした男性差別ですよ。」
「自分のこせこせ振りに嫌気がさすこともある。」
「だから私は処女になってあの鳥を飛ぼう。」
「処女信仰は平等思想の一つだ。外見による選別は処女の対極にある。喪男は処女の魂に焦がれざるをえない。もちろん現実の処女とて選別はする。だが処女であるという一事だけで十分なのだ。処女にあって選別はまだ実現していない。」
喪男は性欲を捨てるしかないのか。」
「解脱したら負けだ。」