はるのぶのつれづれ

幼女の子宮で泳いでいた頃の記憶

たった今見た夢を書き止める(2010年4月26日早朝)

(たった今目覚めたところだ。生々しい夢だったので書き記したい。)
 いつ技術を身に付けたのかは知らないが、私は電気技師として社長と三人でクライアントのもとに向かっていた。着いた先は朝鮮学校だった。何階建てかは覚えていない。とにかくコンクリート製の立派な校舎だった。
 道具を持って中に入ると、おそらく高級学校なのだろう。制服を着た生徒たちが我われをじっと見つめている。視線がどこから始まったかは分からない。ただ階段を上っている最中でさえ彼らの視線の中にあった。
 一緒に歩いている同僚はここの出身だと私に話してくれた。私は彼が在日朝鮮人であることをとうに知っているらしい。どこか親しみのある若い男だった。学校の思い出もいろいろ話してくれたようだが、話の大半は世間話だったはずだ。それを聞きながら生徒の視線が徐々に気になっていった。
 らせん階段だったことを覚えている。同僚は話が調子に乗ったのか、かなり大きな日本語だった。声が大きくなるにつれて視線が強くなっていく。フロアに生徒が集まって、無言の視線で我われを包囲した。階下の生徒も人数が増えだして、我われを見上げている。目に明らかな敵意を含んでいた。
 ここは敵の陣地のようだ。我われを見つめている目が殺気を含んで、目つきに睨みも混じっていった。それが敵意むき出しの視線だけになってゆく。男も女も目が厳しい。私は本能的に男たちの視線を気にしていた。多勢に無勢だ。何も起こらないことを祈り始めていた。
 クライアントの部屋は最上階にあるのだろうか、とにかく長い道のりだった。韓国に行った日本人が観光でソウルの総督府にやって来る。そこで話す日本語の口振りが楽しげであれば、どうしても韓国人の殺気を招きかねない。原爆ドームアメリカ人が同じようにやっても同様だ。同僚は久々の母校が嬉しいのか、彼らの視線に気づいていないようだった。
 社長は黙々と階段を上っていた。同僚は嬉しげに声を上げていた。私は生徒たちの視線が気になって仕方がなかった。とにかく痛い。階を増すごとに敵意は強まってゆく。息がつまりそうな思いだった。日本語は朝鮮学校でも使われていたはずだ。授業は朝鮮語で行なうが日常の会話は日本語と聞いたことがある。だが今日の日本語は意味が違う。彼らにとって同僚の話は日本人の日本語に聞えただろう。
 同僚は話好きだった。感じのいい男だった。しかしこの視線にそろそろ気づいてもいいはずだ。社長は黙って歩き続けるだけで彼に注意することもなかった。敵意のある視線に囲まれて、私は我われが敵視されていることを直感せざるをえなかった。そろそろ敵の陣地で敵の国の言葉を話すのは控えたほうがいい。私は小声で、日本語を使うなと耳打ちした。
 そこから話は途切れている。電気工事を済ませ我われは朝鮮学校を後にしていた。同僚は私の様子がおかしかったのか、話しかけてくれたようだった。私は大丈夫と答えたように思う。その間、今日の光景が何かに似ているという思いが離れることはなかった。足を踏み入れた者を敵のように扱う目に覚えがあった。それは生身で体験したことではない。テレビで見た九龍だと分かったのは少し後だった。
 九龍は中国に返還されるまで、イギリス当局の監視が及ばない事実上の解放区だった。香港がイギリスの植民地になってからも九龍の帰属先が曖昧な状態が続き、香港に住む中国人はここを中国領と見なして一種のテリトリーにしていた。香港警察がなかなか足を踏み込めないなか、大きな中国国旗がはためいていたのを覚えている。彼らの同朋意識は強く、テレビカメラにさえ視線が厳しかった。
 今日の経験で私は朝鮮学校を九龍に重ねていた。ここは在日朝鮮人の解放区だった。足を踏み入れれば異質な人間は視線に囲まれる。それはどこのテリトリーでも同じだ。しかし納得しきれなかった。朝鮮の植民地支配はとうに終わっているはずだ。朝鮮半島朝鮮人のテリトリーがあって、植民地支配からの解放区として日本人に対抗しているのなら納得できる。だがここは日本だ。こんな形で日本から出て行くわけにはいかない。そう自分に言い聞かせていた。
 敵意に囲まれて息のつまる思いだったが、視線の奥に不当なものを追い出すような意図を含んでいる感じがした。確かに多勢に無勢ではある。だがおそらく、ここに日本人がいる理由を説明できなかったことが彼らの視線に抗うことのできない本当の理由ではないか。私は日本人として、ここから追い出されることに怒りの思いがこみ上がっていた。
 同僚は私の様子がまた気になったようで、大丈夫かと声をかけた。視線への怒りは忘れられないが、とりあえず今日の気持ちを彼に言うのはやめよう。あんなことがあっても、彼との関係を無理にこじらせるのは馬鹿げている。私は彼の言葉に答えるように何かを話したはずだが、ここで目が覚めた。

後記:

京都で在特会と思しき団体と朝鮮学校の生徒が乱闘を起こしたそうだ。それをニュースで見たことが影響していると思う。起きたてで書いた文章だが、さすがに夢と現実を混同することはない。